「デジタル化時代の中国労働者―珠江デルタの新世代(農)民工と携帯をめぐる言説から―」

村井寛志「デジタル化時代の中国労働者―珠江デルタの新世代(農)民工と携帯をめぐる言説から―」(『神奈川大学評論』67、2010年)
  はじめに
  一 新世代(農)民工とは
  二 新世代民工の消費活動をめぐる言説と携帯
  三 新世代民工のライフスタイルの中の携帯
  四 若年労働者の「孤立」をめぐって
  五 おわりに

「はじめに」より
 香港の後背地として発展し、広州・深圳・東莞などの都市を抱える珠江デルタは、パソコンや電化、自動車産業を始めとして、多くの外資系工場が集まる、世界的にも有数の巨大な産業集積地帯として知られる。今年(2010年)五月、この地域の労働について、日本でも話題になる事件が起こった。広東省仏山にあるホンダの部品工場で起こったストは、ホンダの系列の他の工場にも波及し、一時は全生産ラインをd中止に追い込んだ。ストの風潮は、その後遠く離れた大連など、他の都市の日系企業にも広がり、中国進出企業に大きな衝撃を与えた。
 とはいえこれらのストライキ自体は本稿のテーマではない。筆者にとって興味を惹かれたのは、これらのストライキとの関連でしばしば言及された、その主力となったとされる八〇年代生まれ(「八〇後」)の新しい世代の農村出身労働者(「新世代(農)民工」)の意識・価値観の変化や、彼/彼女らが携帯やインターネットなどのデジタル・メディアを駆使して運動を展開したということであった。
 後者について言うと、携帯やインターネットを通じて大勢の人々が集まって集団的示威行動を行うという点は、〇五年や今年(一〇年)の反日デモやその他の群衆による抗議行動(「群体性事件」)とも共通し、主流メディアにおける情報流通に対する管理の厳しい中国における、これらデジタル・メディアの影響力の大きさを示している。
 とはいえ、中国のデモやストとデジタル・メディアの関係を強調する報道を目にする時に、一方で筆者の頭には、それとは対照的な、日本におけるデジタル・メディアをめぐるある風景が浮かぶ。二〇〇七年一月にNNN系列で放映されたドキュメンタリー「ネットカフェ難民・漂流する貧困者たち」は、「ネットカフェ難民」という言葉が流行するきっかけとなった。そこに登場する若者たちの日雇い仕事の風景は、携帯メールに送られてきた派遣の仕事に向かい、同じ現場で働く他の者とは必要以上のコミュニケーションもなく、仕事が終われば解散する、といったものであった。かつて高度経済成長期、日雇い労働者の求人が集まる「寄せ場」にはドヤ街という形である種のコミュニティが形成されたのとは対照的な、現代の孤立した日雇い労働の状況がここにある。
(中略)
 新世代(農)民工と呼ばれる、単純労働に従事する中国の若者たちのライフスタイルや意識の変化もまた、しばしば携帯やインターネットなどのデジタル・メディアと関係付けて語られている。本稿では上記の点を考慮しつつ、主として既存の報道や研究などから垣間見える情報をピックアップしつつ、新生代民工に対する支配的なイメージから見逃されがちな点について考えてみたい。